2011年6月3日金曜日

後ろからの視線を意識した行動

ちょっと前に、久しく会っていなかった友人の家族から頼まれて、友人を診察した
不眠や精神的に不安定な状態を家族が心配して、心療内科の受診を勧めても、本人が拒否。
自分のとこならば、と言い出したのが、決定打となった。


幸い、職場でのストレスによる軽い抑うつ状態だったので、軽めの処方で十分対応できる状態で,
一安心。
友人は、自分のところへの通院を希望していたけれど、説得して、近くのクリニックに紹介した。


軽い病状であったとしても、プライベートのつながりのある人を診察するのは、やっぱり無理だと思った。


いつもの医療者としての姿勢を保つことすら、普段の倍以上の努力を要した。
そんな姿勢が不安定な状態は、そのうちに診断や治療のポイントを見誤ることにつながる。




少し距離のある友人でもこれだ。
「患者さんを、自分の家族だと思って治療する」という姿勢は、自分にはあらゆる意味で無理だと、再認識。




「自分の家族だと思って……」という言葉が意味するものは理解できる。


それを自分なりに言い換えれば、「自分の子どもが、後ろから一挙手一投足を見ていると思って、治療をする」というだろうな。


自分の子どもに対して、胸をはって説明できる行為を選択する。


それが間違いだとしても、それは自分の責任だから仕方が無い。
「自分が間違っていた。お前は、その轍を踏むな」と、子どもに伝える。
そこまで責任が取れる行動を選択するということだ。