2012年1月12日木曜日

自分自身の「覚悟」

統合失調症の患者さんや家族に対しての病名告知について、いろいろと考えてました。
今の自分の認識以上に、複雑な問題なんだなぁということが、改めてわかりました。
というか、あまり考えなさすぎ>自分



ということで、今回は2x2マトリックスを使って、思考を整理してみることに。
マトリックスを使うからには、二つの軸について、簡単に説明します。

一つの軸は、「厳格」vs「あいまい」という「診断基準」
「厳格」は、DSM、ICDなどの国際的診断基準のようなしっかりしたものというイメージ。
「あいまい」は、「抑うつ状態」とか「幻覚妄想状態」くらいの病名のイメージ。神田橋先生がよく使う「キャッチフレーズ」も、こっちの仲間。


もう一つの軸は、「狭い」vs「広い」という「関係性」。患者さんとそれ以外の人との関係性と考えてもらったらいいかも。
「狭い」というのは、患者さんと主治医との一対一の関係みたいな狭さ。「抱え込み」と言ってもいいかも。
「広い」というのは、患者さんと医療チーム。患者さんと社会。といった、治療関係が広がっていく状態。

本当は、Z軸に「時間」という要素も加えて考えたいけれど、今回は割愛。

図にすると、こんな感じ。



以前(?)の治療は、図でいえば「C」の領域で行われることが多かったはず。
その治療の立ち位置から、病名告知が行われていた。

時が経つにつれて、治療方法や社会の要請とか、いろいろなものが変わっちゃった。
当然、治療の立ち位置も「A」の領域にシフトしていってる。
立ち位置が変わってきたから、当然病名告知の内容や方法も、今までのそれと変わらざるを得なくなってきているんだよね。
一般論的には、こんなふうに思ってます。


じゃあ、一般論じゃなくて、自分自身がどうするか

その時に、忘れてはいけないことがある。
それは、今目の前にいる患者さんのこと。その患者さんの治療が、どこの立ち位置で行われているか、それを意識すること。
それぞれの患者さんで、立ち位置を変えてもいいと思っている。
むしろ、患者さんに合わせた立ち位置を設定するところに、治療の面白さがあるんじゃないかと思っている。

面白いけれど、でも、「覚悟」は要るんじゃないかな。

「覚悟」を意識しない時は、治療に対して考えかたが足りないはず

「覚悟」がない治療は、「乱暴な治療」になる。

「覚悟」がなければ、病名告知に関して「乱暴な告知主義」と同じく「乱暴な非告知主義」という行為がある。

自分が、それをしてしまうのは嫌だなぁと思う。

だから、今回これを書いたのも、自分の「覚悟」の確認のためなんです。申し訳ない。



追記:
このブログを書くにあたっては、psykomaのFacebookページの記事などでのにコメントをかなり利用しています。
問題があれば、ブログ記事の削除も視野に入れて検討します。
お手数をおかけしますが、Facebookページの方にコメントいただけないでしょうか。よろしくお願いします。