2012年1月25日水曜日

泣ける話を育てる



泣ける話の育て方って、難しい。



例えば、落語の人情噺の代表格「芝浜」。

空気が読めない、醒めきった精神科医なら「アルコール依存症の人がスリップする話。奥さんも頑張ってたけれど、油断しちゃったねぇ。また、一からやり直し、仕方ないね」って言ってしまいそうだ。

アルコール依存症のスリップの話を分解、それぞれの要素を検討して、良さげに思うところを磨く
そんな過程を経て、「芝浜」は人情噺として仕上がったのかもしれない。

そのポイントの選び方、磨き方で、同じものでも仕上がりがぜんぜん違ってくる。


桂三木助の「芝浜」と、立川談志の「芝浜」。

この二つは、同じ「芝浜」でも、心に響かせてくるやり方が違う別の話。

噺家と客の相互作用で磨き上げられて、残っていたものが、古典落語の噺。
古典と呼ばれるだけの良さは、人情噺だけでなく、それぞれの噺にある。



朝焼け / k14

今の時代、ネットで出てくる泣ける話が、磨き上げられるような仕組みができるのかしらん。
そういう場ができたら、楽しみなんだけどな。

この記事「ゲーセン少女」が人を激昂させる理由を見ながら、そんなことを考えてた。