2012年2月1日水曜日

「病感」を育てる


調子を崩して入院している、慢性期統合失調症の患者さん。

「精神分裂病と言われたけれど、自分では、そんなことはないと思うんです。」
「何か、頭が回らないんですよね。頭が回らないと、身体が上手く動かないんです。それが嫌なんです」
と話されていた。


”病識は欠けている。病感は、むしろ極めて正当なものがある”

カルテに記載したのは、こんな感じ。
……、このカルテの記載。自己流も甚だしいなぁ、と思うことしきりなんだけれど。
これで、いいのかしらん?



それはさておき、

この「病感」を治療的な方向に育てていきたいんですよね。



「きちんと、病識をもってもらう」ことを優先すると、

「いや、あなたの病気は、前には精神分裂病と言っていた統合失調症で間違いないし……」
「先生、そんなことないです。分裂なんていわれても、自分は分裂なんかしてません。あの時の先生は、間違っているんです」

という感じに、不幸な方向に話が進んでしまいそう。



そもそも、この患者さんは「分裂」という言葉に抵抗があるだけだし……


振り返ってみて、
「何か、頭が回らないんですよね。頭が回らないと、身体が上手く動かないんです。それが嫌なんです」
この訴え。これって、すごいんです。
聞いた時には、思わず、心のなかで「おぉ!」って言ってました。
なぜなら、自分自身の状態について十分に感じ取れていて、言葉で説明できているから。


そうなると、患者さんと治療を作りあげていく手順が、とても楽。

例えば、
「うん、頭の回らないのは、辛いよね。その辛いのって、よくわかります。そこを何とかしていきましょう」
「どうするんですか?」
「それだけ、辛かったから、大分しんどかったでしょう。しんどい時には、やっぱり休養を取らないとダメですよね」
「そうですね」
「まずは、ゆっくり休養が取れるよう、お薬を調節します。何日かは、ゆっくり寝てしまうくらいのほうが良くなるから……」
といった感じで、話を進めていける。


患者さん自身が「感じている」病気のことを、お互いがわかってきてからでしょうね。
病名を改めて告知したり、病気について説明したりするのは。



砂場にみごとな生け花が。 / klipsch_soundman