2012年3月12日月曜日

刺激を感じる


「患者さんの生活の中で、活き活きとした実感を持ってもらうには、どうすればいいんだろう」 そんなことを、長期入院となっている統合失調症の患者さんをみていると、考えてしまうことがある。

未だに答えが出てこないことの一つ。


活き活きとした実感をもつために、刺激を増やして与えていくやり方は、十分に気をつけていないとリスクが高い。
刺激を軽減した状態を保って、無為自閉な生活を保護することは、かなり消極的なやり方で、問題もある。でも、リスクは少ない。

それを考えると、精神病棟の外での普通の環境での生活は、案外刺激的な環境のはず

でも気がつくと、自分も「なんとなく、今の生活って退屈だな」なんて、ついつい不満を感じてしまう。
刺激がないのではなく、刺激を刺激と感じなくなっている
そういうことだ。


何気ない生活に対して、一つ一つ注意を払うことができれば、自分自身の心のあり方は違ってくるような気がする

日常化している行動に注意をはらう習慣をつけるのは、かなり難しい。

Twitterは、日常化している行動を再確認する方法として使える道具の一つなんだと思ってる。
ただ、それには、自分の行動や周りの出来事を客観的に淡々と記していくという姿勢を崩さないことが大切。

それを考えると、手帳とかメモ帳に、手書きでコツコツとメモを付けるほうが現実的なのかしらん。



メモメモ / sekido



余談にはなるけれど、統合失調症の患者さんは、他の人に比べて、はるかに刺激があることを気が付きやすい状態になっているとも言える。
案外、この視点で患者さんを診れている人が少ないような気がするんだけど……