2013年6月5日水曜日

「面白い」治療はどこにある?


今日のTwitterのタイムラインを見てて、この2つの話題が目にとまった

遠野なぎこ号泣…母との愛憎、壮絶な半生が明らかに!熊切あさ美は梨園の恋を涙の告白『解決!ナイナイアンサー』3時間SP(テレビドガッチ) - エキサイトニュース: 'via Blog this'

【2401】統合失調症の栄養療法: 'via Blog this'



総合格闘技では、団体ごとに細かくルール設定がされている。
ルールは、団体の特色を反映したり、興行としての面白さを作ることも意識されていたり、色々な要素を含んでいる。
試合をする格闘家は、ルールに縛られる。だから、その試合は、団体の意図や興行の面白さに沿ったものに、自然となっていく。

興行主の団体のルールを破って、ひたすら観客の要求を追求する意味での「面白い」戦い方をした場合、観客は一時的に盛り上がる可能性が高い。
観客が盛り上がるのは、いいことじゃないか、と考える見方もある。
でも、場合によっては、興行団体の死活問題に発展することも考えられるし、対戦相手が背負わなくてもよかったはずのリスクを背負うこともある。
だから、闇雲に盛り上がるのは危険な行為で、終わってみれば、第三者だけが盛り上がった思い出に満足して、当事者はみんな不幸になったという結末だってありえる。







精神療法や精神科の治療というのも、治療の場に応じたやり方やルールが存在する。
「第三者が見て、面白い」と思う治療は、かなり「特殊な場」でしか存在できない。(もちろん、それ故に「面白い」のであるが)
一般的なクリニックや病院で「面白い」治療を求めても、そのリスクを引き受けてまで治療をするところは少ないと思う。

大衆に公開されることが前提のカウンセリングとか、患者さんの相談メールを一言でバッサリ切り捨てるやりかたというのは、本当に「面白い」

一般的な治療を受ける「自分」の治療に、その「面白さ」を求める気持ちはわかる。

だが、存在する「リスク」について理解してもらうのは、難しそうだ
ともすれば、「患者さんが求める治療を拒否している」と解釈されかねない。
そのやりとりでのゴタゴタを考えると、真っ直ぐに治療的な方向には進みそうになくて、誰も幸せになりそうな気がしないんだが。

どうすれば、いいものやら。やれやれ



sad face / eyeliam