2013年8月11日日曜日

常に眼を離さないでいてください……



認知症男性、線路に入り死亡 電車遅れで遺族に損賠命令  :日本経済新聞: 「男性の介護体制は、介護者が常に目を離さないことが前提となっており、過失の責任は免れない」

上記リンク先は、「常に介護が必要」とされる「認知症高齢者自立度4」と診断されていた、91歳の認知症の男性が、線路内に立ち入り電車と接触した死亡事故。JR東海が、男性の家族に損害賠償をしたところ、地方裁判所が全額の支払いを認めた。という記事。(もしかしたら、リンク先は消えているかも)

記事の中では、裁判長が、「男性の介護体制は、介護者が常に目を離さないことが前提となっており、過失の責任は免れない」と判断したことが書かれてあった。



”「常に介護が必要」とされる「認知症高齢者自立度4」”というフレーズ。
このフレーズを、家族、医療者、司法の三者が、それぞれ、どんなふうに解釈していたか
それが、気になった。 



もう少し具体的に、考えてみる。
例えば、”「男性の介護体制は、介護者が常に目を離さないことが前提となっており、過失の責任は免れない」とした。”とあった。



i am watching you / Darwin Bell


慣用句としての「常に目を離さない」と、文字通りの「常に目を離さない」とでは、大きく意味が違ってくる。
実際、自分自身も、書類上の決まり文句であったり、患者さんの状態によっては家族への説明で、「常に眼を離さないように」という類のフレーズを使うことがある。
注意が必要であることを意味するために使う場合もある。家族に対して、現実的には難しいことを分かってもらい、入院治療への説明の導入に使う場合もある。

今回の場合、「常に目を離さない」というフレーズは、どんな立場で解釈したり、されたりしていたのか……

ところで、発達障害関係の話題で、「当事者が、言葉の裏の意味を解さず、文字通りに解釈してしまって、生活や職場でトラブルのもとになることがある。だから、障害の特性をよく理解しましょう」といった問題が、いろいろな形で取り上げられることがある。
それくらい、自分たちの社会って、良い意味でも悪い意味でも、「言葉の裏の意味」が大切だったと認識していたつもりだった。違ったのかしらん……

もちろん、司法の論理、世間の論理、医療の論理、そのほかの論理。それぞれに、微妙に齟齬があることは分かっている。
この齟齬を少なくするために、意見のすり合わせを、これまで以上に意識して、手間をかけないといけなくなったということかな。
これが、なかなかに難しい。

分かってもらえるまで説明の回数を増やす。文書化する。承諾のサインを得る。……などなど。
具体的には、こういった作業を増やしていくことになるはずだし、そうせざるを得ない。
正直、やれやれという気持ちになりますな。


Last station nursing home / ulrichkarljoho



(追記)
この判決のような方向に話が進むと、問題行動があるような人に対して何日も維持できる、「常に目を離さない」という理想的なサポート体制というものをはっきりとさせないといけなくなる。
誰かが具体的に作り上げて運用させることが必要になってくるのかも。
誰がやってくれるんだろう……
(最初に、Twitterでつぶやいた時に、”この裁判長に、介護を実際にやらせてみろ”みたいな意見があった。自分は、そうは思わない。裁判長も、司法の論理で考えて判断しただけのことであるから。判断の良し悪し(?)と、理想の提示は、別の話だと思う)