2013年8月26日月曜日

涙もろくなったのは、歳のせいかしらん


8割の人を泣かせる感動ドラマと、8割の人を笑わせるコメディ、どちらかを作れと言われたら、多分前者を選択する。
人の感情を刺激する場合、「笑わせる」よりも、「泣かせる」ほうが、ハードルが低いんじゃないかと思っているから。


自分自身の感性を磨くための効率的なやり方は、”良質なモノを経験していくこと”だと思っている。
「美味しんぼ」にしろ、「神の雫」にしろ、主人公は庶民のふりをしているけれど、よくよく考えると、高度な英才教育を受けている。美術品とか、食事とか、ワインとか、良いモノに触れて、きちんと解説をしてもらった幼少期を過ごしている。あれだけの才能があって、当たり前なくらいに。

「美味しいものがわかる」というのも感性なら、「面白いものがわかる」、「涙が出るくらい感動するものがわかる」というのも感性の一つ。
ならば、それぞれの感性というか、アンテナみたいなものを磨くのなら、それぞれに良質のものに触れていったほうが効率的ということになる。

ただ、「泣き」には注意が必要
「泣かせる」ことはハードルが低い。だから、食事でいう「ジャンクフード」みたいなもので、自分自身の感性が、それなりに満足してしまう危険性が高そう
それって、何となく恐ろしい。

毎年恒例の某テレビ番組の一大イベント。見ないでおこうと思ったけれど、結局チラチラと見ていた。
適宜放送しているコンテンツをちょっと見ただけでも泣いちゃってしまう自分がいた。歳とって、涙もろくなったと痛感。
しかし、ふと我に返ると、「何故、泣いているんだろう」という、ちょっとした違和感が何処かに存在していた
一流の料理評論家とか、ソムリエとか、そういった人が、一流でないものを口にした時に語る、嫌な感じって、こういった違和感みたいなものなのかなぁと思ってみたり。


そう考えると、自分自身の感性に与えるモノも、少しは吟味したほうがいいのかしらんという気がしてきた。
少なくとも、「ジャンクフードばかり食べているのに、味に関して講釈をたれる山岡士郎」にならないように、少し気を使ってみようかしらん。

「負けないで」を何となく脳内再生しながら、考えてました。

やれやれ。