2013年12月27日金曜日

正解がない治療は、面白い

普段の治療の場面では、多くの場合、患者さん自身には病識が乏しいという前提条件を忘れないようにする。
うん、やっぱり、これは大事だ。


「真面目な」傾向が強い、古典的な(?)うつ病の患者さん。
こういった患者さんは、精神運動抑制などがあって、思考能力の低下や低い自己評価が根底にある状態であっても、低下している気力を振り絞って、頑張ったり、周囲に心配をかけまいとしたりする。
この時に、傍らで様子を見ていると、ついつい「良くなった」と判断してしまいそうになる。

でも、「良くなった」という判断を基に、「もっと良くなるように、◯◯して頑張りましょう」的なアプローチをしてしまうのは、やっぱり悪手だと思う。
”今は、安静休養を保ちましょう”という方向が定石だよね。



Relax / m_shipp22



ただ、こういった状況では、患者さんからは「良くなっているので、大丈夫です」という強い要望が出てきやすい。だって、患者さん自身は、病識に乏しくて、自分はやれると思っているから。


この場面で、患者さんに対して、どういった働きかけをするのか。
ここが、治療の中で難しいところでもあるし、面白いところ。



ただ単に「患者さんが大丈夫と言っているから、患者さんの思うとおりに、やらせてあげましょう」という判断をする人がいるけれど、それはどうかと思う。
「症状が残っているのに、頑張ろうとしている」患者さんに、「頑張れ」って応援しているようなものだと思えるから。

「患者さんを信じること」と、「患者さんが病識を持てない/かなり持ちにくい」というのは、別の次元の話

患者さんの状態を、医療者として評価していくことが基本。
評価していくのは、難しいし、当然責任を伴う。
自分も、まだまだ迷ってばかりだし、時には後悔することもある。

現時点での精神科医療の中では、こういった判断の正解、模範解答は無いと思っている。
でも、だからこそ、自分は、やりがいがある仕事だと感じている。こういった判断を、他の誰が下すんだってくらいの勢いで。 


……、いつの間にか、精神科の仕事は、こういう面白さもあるという話になっちゃった。



On My Way / AlicePopkorn

でも、面白さの見出し方は、人それぞれ。

だから、TwitterとかSNSでは、多くの人が、「自分の思う面白さ」を語る場所であってほしい
これからも、色々と面白いものを見たいものです。