2014年1月20日月曜日

「贅沢な少数派」の治療と、それとは別の治療と……


神経症圏(今時、こういう言い方もアレなんだが)の治療。
多分、認知行動療法的な、自分自身の考え方を変化させていくことが肝になるんじゃないかと。

でも、考え方を変えるということは、行動や生活を変えるということ。

逆もまた真なりで、考え方を変えるには、生活や行動を変化させることになる。

でも、実際問題、生活や行動を変化させることには抵抗を示す患者さんは、少なくないんだよね。「薬を飲んだら、楽になりますよね」というパターンが、実際かなり多いわけだし。

手軽(?)に、早く効果が現れることが評価基準になれば、抗不安薬を主体とした治療が一番評価されるんだよね、きっと
効果発現に時間がかかる抗うつ剤の治療も、低い評価をされがち。今までの行動や考え方を変えるなんて、もっと時間がかかるわけだからねぇ……




Old Clock / garlandcannon



自分の治療に手間と時間をかけることができる人は、いわば「贅沢な少数派」なのかも。それは、しかたがないことかなんだけどね。
ただ、「贅沢な少数派」を対象にできる治療者が、多数派の治療を同列にみなすような形で色々と物申されるのは、如何なものかしらんと考える場面をしばしば見かける。あれは何とかならないものか……

間違ったらいけないのは、「多数派の治療」は何でもアリということではなくて、治療の大切な部分をおさえて、工夫をこらす努力をすることが求められる。そこを勘違いしてはいけない。

その工夫と努力は、うまく評価されるようになればいいなぁ、と思う。

SNSやブログなどで、症例報告レベルで詳細な情報発信をすることは、当然許されない。
でも、治療の考え方あたりについては、色々な立場の人間が、上手く発信してくれたら、もっと面白くなりそうなんだけどね。

それには、もう少し時間がかかるかな。やれやれ。


Lenka s bublinou / pirati.cz