2014年9月24日水曜日

「ゼロリスクの治療」と「正しさ」と


「ゼロリスクの治療を受けることが当たり前」
これを前提として、治療側に要望を続けると、逆に治療の多様性や確実性は下がっていくんじゃないかしらん。
もちろん、一般論として適応できないことも多い話。


「この病気が治らないのは、先生の治療が間違っているんじゃないですか」
「この薬を飲んだら副作用が出てきた。先生の治療が間違っているんじゃないですか」
という疑問を持ったり、不安をいだいたりすることは否定しない。
でも、そういった言葉を医療側に提示する時には、確認とか準備とか手続きとか、そういった運用について、十分に考慮したほうがいい



WRONG 33. If you photograph a double portrait, it is better to ask each person to stand next to each other. / Vacacion


一方で、こちらはどうすればよいのか。
「ゼロリスクの治療はありえない」という説明をするよりも、「リスクの説明をされたけれど、ゼロリスクのように感じる」説明をする。
その方が、現実的には有効なんだろうね。
この場合、「正しさ」との折り合いの付け方が難しい。折り合うの付け方は、説明する側、される側の双方に、異なる折り合いの付け方が要求されるから、話がややこしくなるんだけどね。